「努力は必ず報われる」という言葉の本当の意味
「努力をすれば必ず報われる」 だから、頑張ろう
といった言葉、文面をよく見てきた。
必ずなんてものは、そもそもない。
そして、この言葉を言えるという事は、努力が報われたからだろう。
私は、仕事をするなかで、精一杯真面目に頑張ってきたつもりだった。
結果的に努力は報われることはなかった。
なぜ、このような結果になってしまったのか、自分の中で考えてみることにした。
目次
努力=頑張り?
頑張っている姿は目に見えるが、努力している姿は目には見えない。
がむしゃらに頑張ることはいいとは思う。でも、見えない努力が実を結ぶのではないかと。表面上は、手際よく仕事をこなしている、と周りから思われたとしても、裏では、どうしたらこの問題を解決できるか、悩みに悩んで出した解決策を使い、その仕事をこなしていることだってある。
結果的に、表面の部分でしか、評価されることはないのだが。
努力は完全に影に隠れてしまっていた。
継続力
大きな成功を手にした人は、小さな事でもコツコツと続ける事ができた人だと思う。
何事も最初はまわりから評価もされず、地味な作業の連続である。
私のブログも同じく、まだはじめたばかりなので、閲覧数は少ない。
でも記事を投稿するたびに閲覧してくれている人がいると思うと、
このブログをもっと大勢の人に見てもらいたい。そんな気持ちになってくる。
だから私は、記事を書き続けたい。
パソコンの前で、誰に見られることもなく、カタカタと文字を打ち続ける。
これもまた、影の努力というものだろう。
方向性
結局のところ、なぜ、私の努力は報われなかったのかというと。
「努力をする方向性」を間違えていたからだろう。
この方向性を間違えるといくら頑張っても報われることはない。
評価してくれる上司がいない状態で、努力を続けたところで、
ただ仕事を多くこなしてくれる都合の良い存在にしかなりえないのだから。
私は、会社を辞めてからようやくこの方向性の違いに気づくことができた。
報われるために
最後に・・・次こそは報われたい。
そう強く思う私は、このブログに力を注いで、
「努力は必ず報われる。」
この言葉を数年後必ず言ってみせます。ここに宣言をします。
声を出して言った方が、叶いやすいと信じているので。
最後まで読んでいただきありがとうございました。